運命的な必然性

僕がクリスティーンと出会ったとき、こういう思いがどっと押し寄せた。僕は超自然的なものを信じる
ほうじゃないが、その類いの運命的な必然性を感じたのはたしかだ。
僕たちは英国のスーパーマーケットのざわめきの中で出くわす可能性もあったのに、このシェファーズ
タウンで一緒にこうしている。そして二年たったいま、相変わらず僕はすごく胸がときめいているんだ。

がっちり固まってもいないし、四○年も一緒にいたみたいな気がする、というのとは全然ちがう。いまも
なお、つねに新しいままだ。
すでに長く一緒にいたんだったらよかったのに、と思う部分はある。つまり、ふたりの子供を作ること
ができていたらな、と。彼女は子供を生みたいと思っていたにちがいないけど、生まなかった。彼女なら、
すばらしい母親になっていただろう。僕は本当に、ほれ込んでしまったんだ。こんなの正気じゃないとわ
かっているけど、彼女と出会ったことは理解を越えた一撃だった。そして、僕はすばやく行動した。

僕が心臓発作を起こしてから二二年たつが、一三年前にはバイパス手術も受けている。だから、第三者
的に見れば、僕にはたしかに命がけの部分があるよ。それに、わずか数カ月前には、ペースメーカーを埋
め込んでいるのに、脳に十分な酸素が行き渡らなくて、めまいがした。僕の心臓が持ちこたえられるよう、
一緒に祈ってくれるかい。心臓を支える血管にあまりにも多くの塞栓ができているから、僕を患者に選ん
でくれそうな外科医はいないと思うんだ。

つき合い始めたばかりのころ、僕の心臓にはいくつか問題点がある、という話はクリスティーンにした
よ。彼女には明確に知らせておく必要があった。


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